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東京高等裁判所 平成12年(ネ)3540号 判決 2000年12月27日

控訴人

更生会社三井埠頭株式会社管財人大谷喜與士

右管財人代理

佐藤克洋

右訴訟代理人弁護士

伊藤秀一

宮澤廣幸

被控訴人

甲野一郎

被控訴人

乙原二郎

被控訴人

丙山三郎

右3名訴訟代理人弁護士

大塚達生

野村和造

田中誠

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件事案の概要は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決4頁5行目の「以下の事実は」の次に「証拠を摘示した点以外」を加える。

2  原判決5頁1行目,5行目及び10行目の各「平成11年」の次にいずれも「2月」を加える。

3  原判決6頁7行目から8行目にかけての「賃金を減額して支給した」を「賃金額から基本給,職能等級手当,職能資格手当,役職手当,住宅手当及び家族手当の合計額の20パーセントを「調整金」の名目で控除して給与を支給した(<証拠略>)」に,9行目の「減額された金額」を「被控訴人らの賃金の控除額」にそれぞれ改める。

4  原判決7頁1行目を次のとおり改める。

「 3 被控訴人らの請求

被控訴人らは,未払賃金として右賃金の控除分及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

二 争点

控訴人は,後記1のとおり,被控訴人らが賃金の減額を承諾した旨を主張し,被控訴人らは,後記2のとおり,右承諾の有無及びその効力を争っている。」

5  原判決8頁7行目の次に次のとおり加える。

「(三) 仮に被控訴人らが賃金の減額を承諾したとしても,更生会社の就業規則である給与規程(<証拠略>。以下「本件就業規則」という。)には「調整金」名目で賃金の控除ができるとする根拠規定はないから,右控除についての合意は,就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めるものであって,労基法93条により無効である。」

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も,被控訴人らの請求はいずれも理由があるものと判断する。

その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第三 争点に対する判断」(同二項まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決8頁9行目。

2  原判決9頁2行目の「これを知った」を「翌5月1日,早朝から」に改め,8行目の「残業」の前に「労働組合に加入する従業員の」を加える。

3  原判決10頁3行目の「20パーセント減額」を「前示のとおり調整金名目で20パーセント控除」に改め,3行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 なお,本件就業規則には右のような賃金の控除を許容する内容の規定はなく,また,右賃金の控除を実施するに当たって,本件就業規則について,これを許容する内容のものに変更する措置も採られなかった。」

4  原判決10頁8行目の「10月15日」の次に「午前10時」を加え,9行目の「その後」を行を改めて「 更生会社においては,控訴人が保全管理人に選任された同年6月から更生手続開始決定のされた同年10月まで」に改める。

5  原判決11頁1行目末尾に「右会議の場では賃金の減額について管理職従業員らから不満や苦情が述べられたことはなかった。」を,2行目の「引き続いて」の次に「前同様の方法で」を,3行目の「夏の」の前に「同年の」をそれぞれ加え,同行の各「一時金」をいずれも「賞与」に改め,6行目から8行目までを削り,9行目の「平成11年」の次に「2月」を加える。

6  原判決12頁3行目から6行目までを次のとおり改める。

「 6 更生会社においては,現在,管理職従業員の賃金について,部長職は10パーセントの,課長職は7パーセントの各控除が行われている。

二1  ところで,労基法24条1項本文はいわゆる賃金全額払の原則を定めているところ,これは使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し,もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ,労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図る趣旨に出たものであると解されるから,就業規則に基づかない賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示は,賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らし,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り,有効であると解すべきである(最高裁判所昭和48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁,最高裁判所平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁参照)。

2  控訴人は,更生会社の前代表取締役Oが平成10年5月13日にした管理職従業員の賃金を20パーセント減額するとの通知(以下「本件減額通知」という。)に対し被控訴人らが異議なく承諾した旨を主張するけれども,前記一1認定の事実に照らせば,右Oが管理職従業員らに対し本件減額通知をしたことは認められるものの,その場において又はその日ころ,被控訴人らがその自由な意思に基づいて右減額を承諾する旨の意思表示をしたものとは認めることができない。」

7 原判決12頁7行目の「これに対して」を「3 次に」に改める。

8 原判決13頁1行目の「しかしながら」から9行目末尾までを次のとおり改める。

「 右各事実に照らすと,外形上,被控訴人らは本件減額通知を黙示に承諾したものと認めることが可能である。

しかしながら,本件全証拠に照らしても,被控訴人らが本件減額通知の根拠について十分な説明を受けたことも,更生会社において本件減額通知に対する各人の諾否の意思表示を明示的に求めようとしたとも認められないこと(承諾の意思を明確にするための書面の作成もなければ,個別に承諾の意思を確認されたこともない。),被控訴人甲野及び同乙原がその各本人尋問において「本件減額通知に異議を述べなかったのは,異議を述べると解雇されると思ったからである」旨供述し,被控訴人丙山もその本人尋問において「異議を述べなかったのは,自らの在籍期間が短く,他の人を差し置いて異議を述べるべきではないと思ったからで,賃金の控除に納得していたわけではない」旨供述していること,さらに,本件減額通知の内容は,管理職従業員についてその賃金の20パーセントを控除するというもので,被控訴人らの不利益が小さいとはいえないものである上,仮に更生会社の存続のためには賃金の切下げの差し迫った必要性があるというのであれば,各層の従業員に応分の負担を負わせるのが公平であると考えられるのに(本件において,管理職従業員に対して一律20パーセントの賃金の減額をすることが真に経済的合理性を有し,かつ,公平に適うものと認めるべき事情は存しない。),管理職従業員についてのみ右のような小さくない負担を負わせるものとなっていることなどにかんがみると,被控訴人らがその自由な意思に基づいて本件減額通知を承諾したものということは到底できないし,また,外形上承諾と受け取られるような不作為が被控訴人らの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということもできない。

4 したがって,賃金の控除分の支払を求める被控訴人らの請求はいずれも理由がある。」

二  よって,被控訴人らの請求をいずれも認容した原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 土居葉子 裁判官 松並重雄)

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